本日の道新空知版に載りました。
廃線問題で揺れている私の町を通っている鉄道。
昭和10年10月に札沼線開通を喜び、お祝いして当時の札比内尋常小学校の先生が作った歌です。
当時の喜びと月形町の栄えぶりよくわかり、ちょっと感動。
是非引き伸ばして読んでほしいな。
このプリントは私の母が、平成7年に歌を教えてくれた山田さんから聞き取り、手書きで渡されたものをワープロで打ち込んだものです。
母は山田さんの歌をカセットテープに録音し、メロディも記録していました。
感動した母は何人かにこの話をしてプリントを渡したのだそうですが、札沼線問題の浮上前ということもあってか、ほぼ周囲は無関係で反応無しだったそうです。
が、ちょっとナゾなのですが、
最初と最後を手書きに書き換えられた母のプリントがなぜか浦臼町に渡り、ことしの2月にの四町の検討会議の席で披露されたのでした。
これは今展開している農泊関連のコンテンツの一つですが、札沼線を使い沿線温泉に入ってスタンプラリーをしようというものです。
すでに隣町当別の開拓ふくろう乃湯の湯守で温泉ソムリエの高野さんが昨年から展開していたのですが、偶然にも交通関係のNPOゆうらんの松本さんからも鉄道を利用したトライアスロン的なものをやってみないかと里泊ネット二声がかかり、三者が協力し、手弁当で企画を実現させる運びとなったのです。
長い説明になってしまいました。
この先はどうなるのか分かりません。
が、私も昔はよく利用した鉄道。
開通当時の盛り上がりに思いをはせ、この歌とイベントで少しでも盛り上がるといいのになぁと思うのでした。
。。。。。。。。
それにしても、私の母。
ものすごい記録魔なんです。
色んなこと記録していますから。
意味のないこともありますが、今回のようなことも。
山田さんが歌った時の気づきはすごかったと思います。
そしてこういう事を軽く受け流すのか、あるいは重要と思うのか。
全てが運命の分かれ目ですね。
札沼線開通の歌
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